医師一家の生前対策

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相続トラブル事例

ケース2 出資持分の分散で兄弟バトル(ポイントを解説)

ポイント1医療法人の持分あり・なしの違い

 医療法人には平成19年の医療法改正前に成立した法人と、改正後に成立した法人の2つが存在します。改正前に成立した法人(旧法人)は「持分あり」法人と呼ばれます。改正後に成立した法人(現法人)は「持分なし」法人と呼ばれ、今後は後者しかつくることができません。

 さて、両者の違いは、医療法人の財産権を持っているか、持っていないかにあります。もっと分かりやすく言うと、医療法人の余剰金が法人のオーナーに帰属するか、帰属しないかです。

 持分あり法人の場合は、法人の余剰金が出資者の財産になるため、相続のときにはこれを相続財産として扱わなければなりません。Bさんのように利益をたくさん上げている病院では余剰金が億単位に膨らんでいることも珍しくなく、結果的に相続税を巨額にしてしまいます。これは、出資持分には「配当が出せない」「換金性がない」という特性があるからです。

 これに対して持分なし法人では、法人がいくら利益を上げようと出資者の財産には反映されず、当然のことながら相続税にも影響はありません。

 それならば、今の「持分あり」から「持分なし」へ移行すればいいと考えるかもしれません。しかしこれにもメリットとデメリットがあり、移行するとデメリットのほうが大きくなってしまうケースもありますので注意が必要です。

ポイント2出資持分の承継には3つの方法がある

出資持分の承継のしかたには、

  1. ①相続による承継
  2. ②生前贈与による承継
  3. ③売買による承継

の3つがあります。

 それぞれに長所と短所があり、どれを選んだから正解で、どれを選んだから間違いというものではありません。しかし、選択する方法によって支払う税金額は変わってきます。また、承継する相手や承継したい時期などによっても、選択すべき方法は異なります。

 承継計画や資産状況、後継者との関係、周囲の環境などさまざまな要素を考慮して、〝わが家に合ったベストな一つ〟を選び取っていくことが肝要です。

①相続による承継

 現理事長が亡くなった際に、出資持分を相続財産として後継者に承継する方法です。

 出資持分の評価額によっては、相続税が課税される可能性があります。出資持分の評価を下げるなどして節税を図ったり、後継者が納税資金に困らないように準備をしたりといった対策を、理事長の生前にしておく必要があります。

 出資持分は後継者に100%を持たせるのが理想ですが、相続による承継ではBさんの例のように分散してしまう可能性もゼロではありません。

 ですから、相続で承継をしようとする際には、①事前に後継者を決定しておく、②確実に後継者に出資持分がいくように対策をしておく、といったことが必要です。②の対策としては、生前にトラブルが起きないように言い含めておくとか、遺言書に書いておくなどの方法があります。

②生前贈与による承継

 現理事長が生前に自分の意思で、贈与によって出資持分を後継者に承継する方法です。 生前贈与による承継では、現理事長の思う相手に、贈与したい分だけ出資持分を移転させることができます。つまり、後継者に100%の出資持分を引き継がせることが可能です。

 贈与をする際には、法人の利益を圧縮するなどして持分評価を下げてから後継者に贈与すると、贈与税を節約できます。

 毎年少しずつ後継者候補の息子に持分を贈与している人がいます。これは2つのメリットを狙っています。1つは、コツコツと贈与したほうが税負担を抑えられることで、贈与の暦年課税(暦年贈与)を使うと毎年110万円までは非課税で贈与できます。

 もう1つは、少しずつ持分が増えていくことで、息子さんの「後継者としての自覚」が促されていくことです。贈与するにも時間がかかりますが、これはとても賢いやり方です。

 ある方は、毎年息子さんの誕生日に贈与を行うのですが、そのとき必ず息子本人に「将来どういう医者になってほしいか」や「病院をどうしていってほしいか」などを伝えています。また、息子のほうも「自分はこういう医者になりたい」「後を継いだら、こういうこともやってみたい」などのビジョンを話したり、父の意見に対して「ここは賛成だけれど、この点については納得がいかない」などと意見を返したりしています。

 そういう話し合いの場が持てることも、贈与のとても素晴らしい使い方といえます。

 ただし、一度贈与してしまうと撤回はできないので、その点には注意しなくてはなりません。たとえば、長男を後継者にするつもりで持分を贈与してきたものの、よくよく考えると二男に継がせたいとなったとき、長男に贈与した持分をなかったことにはできないため、持分は分散してしまうことになります。生前贈与は後継者を確定してから行う必要があるのです。

③売買による承継

 現理事長が所有する持分を、後継者が買い取ることで承継する方法です。

 現理事長と後継者の間で合意があれば、いつでも売買はできます。後継者に100%の持分を買い取らせれば分散もなく、払戻請求の危険もありません。

 ただし、持分を買い取るためのキャッシュを用意しなければならない点が課題になります。持分評価が高いほど、後継者がそれだけ多くのキャッシュを用意する必要があります。

 別の言い方をすると、買い取れるだけの資金力のある後継者がいるのであれば、出資持分対策は必要ないかもしれません。それならそれで、争族対策や相続税対策に力を入れていくといいでしょう。

ポイント3儲かっている病院は要注意。出資持分の評価のしかた

 医療法人の持分の評価は、基本的には株式会社の株式の評価と同じです。

 非上場企業の株価の評価法には「類似業種比準価額方式」「純資産価額方式」「配当還元方式」の3つがありますが、医療法人は配当を出せないので配当還元方式は適用されません。どの評価法を適用するかは、医療法人の規模によります。

 まず、縦の「純資産価額および従業員数」のなかから、法人の該当する枠を探します。次に、横の「取引金額」のなかから、該当するところを探します。2つで規模が異なる場合は、大きいほうの規模を選んでください。

 たとえば「中会社の小」の法人を持分評価するときは、「純資産価額方式」か「類似業種比準価額方式と純資産価額方式の併用方式」のいずれかのうち、低い価額のほうを採用できます。

 類似業種比準価額方式は、サンプル企業の利益、純資産と、医療法人のそれとを引き合わせて計算します。

 純資産価額方式は、課税時期(相続や贈与を行った時点)の、1株当たり純資産額によって相続税評価額を算定する手法です。

 併用方式はこの2つを一定の比率で合わせる方法で、「中会社の小」の場合は類似業種比準価額方式が6割、純資産価額方式が4割となります。

 開業医の相続、医業承継ではこの出資持分の評価は必ず出さなければならないもので、絶対に避けては通れません。計算してみると5億や10億になっていることも普通にあります。

 対策を取るためにも早めに試算しておきたいですが、実際の計算は非常に煩雑で、素人がミスなくやり通すのには相当の根気と細心の注意が必要になります。自分でやるのは荷が重いと諦めて、最初からプロに任せるのが近道だと思います。ただ、プロでも気を使う試算なので、黙っていても自ら進んでやってくれる顧問税理士は少ないかもしれません。こちらから「出資持分の評価をしてください」とお願いしない限り、まずやってはもらえないと思っておいたほうが無難です。

ポイント4持分を贈与すると税金はいくら? 贈与のしくみを知る

 贈与のしくみについてお話ししましょう。

 まず、贈与税の課税方法には、

  1. ①暦年課税
  2. ②相続時精算課税

 の2つがあります。

①暦年課税

 暦年課税は一般に「暦年贈与」と呼ばれています。

 暦年贈与は、年間110万円までの非課税枠がある制度です。非課税枠を超えて贈与された分については、その額に応じた税率での課税がなされます。平成27年度の税制改正によって、贈与税の税率は引き上がりましたが、20歳以上の子、孫、養子への贈与は引き下がっています。特に、孫への贈与は子を飛び越えて〝一代飛ばしの財産移転〟になるため、「親→子→孫」と順番に相続していくより税金的にお得になります。

 贈与税の計算のしかたは難しくありません。たとえば、成人した孫に年間600万円の贈与をしたとします。110万円を除いた490万円に対して税金がかかります。490万円に対する税率は20%(控除額30万円)ですので、490万円×税率20%−30万円=68万円が税金額になります。

 同じ額を相続するのと贈与するのとでは、一般的に贈与税のほうが高くなるため損だと考えている人もいるかもしれません。しかし、贈与には非常に大きなメリットがあり、また、贈与でしかできない対策というのもあります。資産家になればなるほど贈与の恩恵を受けることができ、資産家の相続税対策は、〝暦年贈与に始まり暦年贈与に終わる〟といっても過言ではないのです。

 ちなみに、「相続開始前3年以内」に暦年贈与された財産については、相続財産に差し戻して相続税の計算をします。これは駆け込み的に贈与をして相続税を免れようとするのを防ぐためです。

 ただし、法定相続人以外(たとえば孫)への贈与は、3年以内であっても差し戻しの対象外です。そういう意味でも、孫への贈与は積極的に行いたいものです。

 いずれにしても、誰に何をいつ贈与するかなど、早いうちから計画的に行うことが大切です。

②相続時精算課税

 相続時精算課税制度は、60歳以上の親または祖父母から20歳以上の子または孫に贈与が行われた場合に、贈与税が2500万円まで非課税になる制度です。2500万円を超えた部分については、一律20%での課税がなされます。

 たとえば4000万円をこの制度を使って贈与すると、2500万円は非課税となり、残りの1500万円に20%課税されて300万円の税金が発生します。

 相続時精算課税は少々癖のある制度で、気をつけなければいけないことがいくつかあります。

 まず「相続時精算課税」という名称の通り、この制度を使って贈与した財産は、相続が起きたときに相続財産に持ち戻して計算をすることになります。結局は相続財産の一部になってしまうので、相続税の先払いのようなイメージです。持ち戻す際には「贈与した時点の時価」で計算します。

 相続時に価値が上がりそうなもの、たとえば将来的に値上がりしそうな不動産などに関しては、贈与しておくとお得です。1000万円で贈与したものが相続時に5000万円になっていても、相続税の計算は1000万円でできるからです。反対に、相続時に価値が下がってしまうものを贈与してしまうと損をすることになります。

 この制度を使って、出資持分の評価をぐんと下げたタイミングで後継者に移転すれば、相続時に出資持分評価が再び上がっていても、低いままの評価で税額を計算できるというメリットがあります。

 ただし、注意しなければいけない点があります。実は、この制度には「一度使うと暦年課税には戻れない」というルールがあるのです。資産家にとっては、メリットをはるかに超えるほど大きな痛手となることも多々あります。

 実際にこんな例がありました。資産家の母が相続時精算課税制度を使って、子に2500万円のマンションを贈与したのです。事前に顧問税理士に「何かいい節税策はないか」と尋ねたところ、「相続時精算課税制度というのを使えば、2500万円までは非課税になる」と言われ、「それなら」と思ってやってしまったようです。

 まず失敗の一つとして、マンションはもともと貸す計画だったので、贈与する段階で賃貸物件にしておくべきでした。居住用のマンションより賃貸用のマンションのほうが、評価額が大きく下がるからです。2500万円の非課税枠内で、もっと他にも贈与できたのにもったいないことをしました。

 最大の失敗としては、この制度を使ってしまったことで、今後、母からその子に贈与がしにくくなってしまったことです。「非課税枠が2500万円」と聞くと魅力的に感じるかもしれませんが、資産額が億単位の人にとってはごく一部にすぎません。2500万円まではいいとしても、その後は暦年贈与が使えませんから、贈与をするたびに20%の贈与税がかかってくることになるのです。たった1万円を贈与するにも2000円がかかると考えると、とんでもない負担です。この母は残りの大きな資産を動かそうと思うと、膨大な贈与税がかかってきてしまうため、もう子には贈与ができなくなってしまいました。

 この制度は一度適用してしまうと取り消したいと思ってもできませんから、一生使い続けるしかありません。つまり、大きな額の資産を持つ人にとって、相続時精算課税を使うのは資産にロックがかかってしまうということなのです。

 いってみれば、相続時精算課税制度は〝副作用の強い薬〟のようなものです。上手に使えば効果はあるのですが、ちょっと使い方を誤ると取り返しのつかない事態を招いてしまうことがあるので、処方には慎重さが必要です。この事例の顧問税理士は、制度の「効果」だけ教えて「副作用」を教えなかったという点で、非常に罪深いことをしたと思います。

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